? いたちなあたち・読書レビュー・ママ、ありがとう
ママ、ありがとう

文章力 ★★☆
構成力 ★★★
表現力 ★★★

引き込まれ度 ★★★
心に残る度 ★★★

読んだ月:2016年10月
臓器移植に対する私の考えを変えた1冊。

元来冷酷な私は子供の臓器移植には無関心だった。
いや無関心どころか恐ろしいことにそのような弱い子供は
臓器移植をしても生き延びないだろうし、
親は子供の運命と現実を受け止めて、潔く見送るべきだとさえ考えていた。
人間の親という同じ立場から、可能性がある限り諦めたくない気持ちは
痛いほどわかるとしても。

人間の親という立場だけでなく動物の飼い主という立場からも、
僅かな可能性にもすがりたい気持ちは理解できる。
まだ子供を持っていなかった2010年に、
私にとって大事な大事なフェレットのれぱんを見送るまで、
悪性腫瘍を抱えたれの字を何とか生かしたくて、
1年という闘病期間をれの字と共に駆け抜けた。
それこそ周りが何も見えていない状態だった。

「フェレットです」と説明しなければ、
たぶん誰もわからないであろうボロボロのれの字の体が、
私には普通のフェレットに見えていた。
れの字を見送ってしばらくして、
ふとホームビデオの中に毛のない骨と皮のれの字を見つけて
「なんだこの動物は。。。」と、ぞっとしてしまったことを覚えている。
と同時に、このぼろぞうきんのようになってしまったれの字が
普通のフェレットにしか見えていなかった過去の自分に思いを巡らせ
人というものはその渦中にいると、
死にゆく者と見送る者とだけが強い心で結びつき
その他一切を遮断した特異な世界のなかで生きる状況になるのだと認識した。

大変なさなかにいる人は、それを大変とは思わない。
思う余裕すらないのだから。。
きっと著者である各務優子さんも、
今になって過去を振り返れば「あのころは大変だった」と思うだろうが
実際に息子の宗太郎くんの病と闘っていた時期には、
大変だと心から感じることはなかったのではないだろうか。
全てが「それが当たり前」の世界の中で生きていたであろうから。

人間とは違うペットではあるが、何物にも代えがたかった存在を
生かしたいと念じた経験がある私としては、
親が子供の生存の可能性を賭けて臓器移植のために
寄付金を募る行動に出ることに対しても、一定の理解はあった。
もしフェレットにも臓器移植があるなら
私は私のれの字の闘病中に、
間違いなく臓器移植を望んだことは言わずもがなのことであるからだ。

ただ、子供の臓器移植にはあまり良い印象を持っていなかった。
臓器移植そのものに賛成か反対かという問題ではなく、
自分の子供に移植する臓器やそれに係る費用を
他人からもらおうとする親の姿勢が好きではなかったのである。

この本を読むまでは。

宗太郎くんにとって母親が優子さんだけだったように、
当然だが優子さんにとっても子供は宗太郎くんだけだった。
宗太郎くんに生きていてほしかったのだ。
宗太郎くんをもっと育てていたかったのだ。
もっと長く宗太郎くんの母親でいたかったのだろう。

がむしゃら

そんな言葉がぴたりと当てはまる優子さんの8年間だったに違いない。
宗太郎くんの臓器移植までの道のりと、移植後に命を落とすまでの病状は
客観的にみると壮絶としか言いようがない。

結果的に宗太郎くんは移植が叶ったにも関わらず亡くなってしまったが
臓器提供を受けたことは決して無意味ではなかった。
それは、宗太郎くん本人や母親である優子さんだけでなく、
臓器を提供してくれた「おーちゃん」にとっても
宗太郎くんの病状の変化に常に付き合っていた医師や看護師にとっても
宗太郎くんを応援した数多くのボランティアにとっても
多額寡少を問わず宗太郎くんに募金をした人達にとっても、
例え臓器移植が
宗太郎くんを生かし続けることができなかったという結果に終わっても
移植に何か大きな意味を見出す役割を果たしてくれたと断言できる。

様々な協力者や支援者に助けられ、宗太郎くんと優子さんは米国に発つ。
臓器移植を終えてから、しばらくは宗太郎くんは嬉しい回復を見せる。
このまま寛解へと向かって進んでいくようで
宗太郎くんと優子さんにとっては夢のような時間が過ぎる。
この時間を残酷だったと結果だけを見て考える人がいるかも知れない。
私はそうは思わない。
宗太郎くんの臓器移植に見出せる意味の1つとして、
移植後のこの親子の穏やかな時間が
2人の胸に溢れんばかりの幸せを確かに注いだことが挙げられるからだ。

そして宗太郎くんの最期が近づいたとき。
宗太郎くんが優子さんの耳元で伝えた言葉。

移植後に体調が急変し息苦しさにあえぎながら
宗太郎くんがつぶやいた言葉。

この2つはずっと私の心に残っている。

宗太郎くんを見送ってから8年。
闘病した時間と同じだけの時間が経過した。
優子さんが、胸の中の宗太郎くんと共に幸せに歩んでいることを望む。


【蛇足】
突然だが、私はスケーターの安藤美姫選手があまり好きではない。
それは過去も今も変わらない。
しかし彼女が未婚のまま出産し、その子がある程度に成長するまで
どのマスコミにもすっぱ抜かれることなく秘密を保持できたのは
安藤さんを取り巻く家族や親戚、友人、病院関係者が
堅く口を閉ざしたからであろうし
またそうした周囲の人達を持つことができたのも
安藤さんの人柄の賜物であろうと考えていた。

本書にも安藤さんが登場する。
スケーターとして名が売れ始めた頃から、
安藤さんは宗太郎くんと親交を深めていた。
宗太郎くんの最期にも立ち会った。
宗太郎くんを応援し、言葉だけでなく労力を使い時間を割いて
安藤さんは宗太郎くんと優子さんを支えようと努力してきたのが伺える。
このような人だからこそ、自身が極秘出産をするにあたり
協力を惜しまなかった関係者を持つことができたと推測できる。